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救いたいと思う理由

 
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また祖父の話になりますが…今回は父方の祖父の話です。

祖父は私が中学1年生の時に72歳で永眠しました。

肺炎を患い入院していたので、その日もいつものようにお見舞いに行くため自宅を出ようとした時、電話が鳴りました。

祖父が入院している病院からで「容態が悪化している」とのこと。

そのまま病院に向かい病室に着くと、主治医とナース数名が祖父のベッドを囲んでいました。

祖父は人工呼吸器を付けられ意識のない状態でした。

私と母が到着するなり主治医は

「今から心臓マッサージをします」と言い、

胸骨圧迫を始めました。

当時は何が何だかよく分からずただ呆然と見ていましたが、今となればあれは除細動器だったんだと思います。

「電気ショックというやつだな」と思った記憶があります。

そのあとまた胸骨圧迫が始まりました。

よくドラマなどで見る、ピッピッと音が鳴る心拍や心電図のモニターが、目の前でホントにドラマのように

「ピッピッ…ピーーーーーー」と

音が止まりました。

それが何を意味するのかは、知識も何もない中学1年生の私にもすぐに理解できました。

隣で母は泣いていましたが、私は夢を見ているような感覚で、ずっとその光景を見ていました。

どれくらい時間が経ったか分かりませんが、胸骨圧迫を続けながら主治医は

「もう、続けなくて良いですか?」と

母に尋ねました。

母は、

「はい、ありがとうございました。」

と答えました。

人の命が終わる瞬間に初めて立ち会い、当時は何も考えることなくただ時が流れていきましたが、今そのことを思い出すと色んな想いが溢れます。

救える命もあれば、救えない命もあるんだな…とか。

AEDが普及し認知され始めて、

「突然目の前で人が倒れたら、その人の命を救うのは医者でもAEDでもなく、その場にいるあなた」

というような言葉を耳にするようになり、中学1年生の時に見たあの光景が思い出されるようになりました。

祖父の命を繋ごうと懸命に施してくれた処置が、今は私にもできるかもしれない。

もちろんお医者さんほどの知識も技術もないし、あの時祖父は戻って来なかったけど、少しの勇気を出せば0%を0.01%にできるかもしれない。

そんな経験や想いがあって、救命の一時処置の技術を身に付けておきたいと思ったのです。

 

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